2004年12月19日

《翼を捨てたい猫の物語(外伝)》 一刀彫りのマリアB

neko

――結局、芸術だあ、文化事業だあ、教育だあ、なんぞいって、
   所詮は金儲じぇねえか。

ペルリはつまんねえこと言い出しちまったなというような顔で、
今度はイオンガムを噛み始めました。
 
 
 
 
《翼を捨てたい猫の物語(外伝)』■一刀彫りのマリアB



その赤い汁は、前の席の使い古され廃棄寸前まで汚れたプラスチック背板に
はりつき、まるで鮮血のように、ゆっくり滴り落ちていきます。

隣に座っていたハンチングの行商人は、バックにつけられたら大変と、苦い
顔をしながら、子牛ほど大きい荷物を反対側に置き直しました。

「でも、これで俺もやっとわかった。」

ペルリは仕上げとして、顔の部分を刃の先で器用に彫り始めます。まず、鼻
を作り、中心を決め、それから最後に目で表情を出します。

「何が?」

翼のある猫は、出国カードに記入しながら応えました。

国境越えの長距離バスが出るまであと30分あり、立派な口ひげをたくわえた
たくましい運転手が、鼻歌を歌いながら窓拭きしてるのがこっちまで聞こえて
きました。

「あのままいたら俺は完全にアウトだったってことさ。」

翼のある猫は、遠い目をしながらこの村で過ごした一ヶ月を思い起こしました。

☆☆☆

ペルリは選考から漏れたのでした。芸術家の村に、芸術家でないものは必要な
いのです。

だから、「芸」のない人は観光者以外この村に住むことができないのです。こ
の村では、お腹にいるときから、芸術家としての教育が始まります。お腹の赤
ちゃんに音楽を聞かせたり、絵を見せたり(母親が見る)、古典文学を読み聞
かせたりするのです。そうして、生まれた瞬間に、あるものは指揮棒を、ある
ものはペンを、あるものは彫刻刀をもたされるのです。

学校には、「芸術」以外の科目はありません。それ以外ものは必要ないのです。
そして、18歳の春に、共通考査が一斉に行われ、「長老会」で審議し、そこ
で合格したもののみ、村にとどまることを許され、落ちたものは………村を出
なくてはならないのです。

☆☆☆

「結局、芸術だあ、文化事業だあ、教育だあ、なんぞいって、所詮は金儲には
 変らないのさ。」
『………。』
「俺あ、パク達と一緒に抗議しに行ったとき、たまたま審議を聞いちまったん
 だ。………………奴等なんて言ってたと思う?」
『わかるわけないよ。』
「ふん。」

ペルリは声色を変えて真似しました。

『うむ………。これは稼ぎそうだな。これは売れる。これは………ペルリか、
 おもしろんだけどな………金にならん。』

★★★

「でもな。俺はわかるぜ。この村の収入は美術品しかないんだ。これで食って
 くしかないんだからな。あるていど理解はするよ、ただ………。」

ペルリはそこで言葉を区切り、完成した一刀彫りを愛しそうに、しみじみと眺
めました。

ペルリのはすっぱな見た目からは想像もつかないほど、そのサンタマリア像は、
繊細でたおやかなラインをかもし出しています。とてもやさしいタッチで、そ
れがペルリの持ち味なのでした。

ペルリはサンドペーパーを手際よく、ささっとかけながら続けます。

「ただ、俺が気に入らないのはだ。そうやって開き直らないまでも、多少の引
 け目を感じているならいい。………奴らにはそれがない。いっぱしの批評家
 きどりさ。だから、表現することを誤解する奴等がどんどん増えていく。」
『………うん。』
「村の連中はカスばっかりだ。長老達のせいで、みんな狂っちまった。みんな
 自分は一人前の芸術家だと思ってる、批評家だと思ってる。そんな奴等にか
 ぎって、独りよがりなものが多いんだ。これは俺の意見じゃないぜ。

 正確な統計さ。なあ、思い出して見ろ、クロ。あの村の連中の顔を。いかに
 も難しそうな顔をして、いかにも人とは違います。芸術家ですってカッコし
 て、すましてただろ?そうだろ?』

翼のある猫は一気にまくしたてるペルリに圧倒されながらも、思い出して見ま
した。

『たしかに………そうかもしれないけど。』

「な。才能ってはよ。自分を正確に判断する能力だ。本当の表現者ってのは作
 品の善し悪しも、自分の能力もわかるから、つつましいんだ。理想が高いか
 らね。そんで、芸術ってのは、生きざまそのものだよ。何を見て、何を考え、
 何をしてきたか。それ以外何もない。だからうすっぺらに生きてきた奴等に
 は、ちゃちいものしかできないし、はったり君の作品は、はったりの、自分
 で考えないアホな奴には、物真似の作品が残る。」

ペルリはつまんねえこと言い出しちまったなというような顔で、今度はイオン
ガムを噛み始めました。それでもまだ言い足りなそうです。

「村にこんな昔話がある。」

                    ■翼を捨てたい猫の物語(外伝)
posted by イロ室長 at 22:25| 大連 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 翼を捨てたい猫の物語 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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